本学区は、県の中央安積平野に位置し、奥州街道の一宿場から発展した。大正14年8月に町制をしき、昭和40年5月に郡山市と合併、現在に至っている。
世帯数は2587世帯・8760人(平成12年4月1日現在)の町である。職業別から見ると、米作中心の農家が15%と近郊農業としての性格を強め、野菜作りが盛んである。また、特産物として、赤瓦・凍豆腐・椎茸等がある。交通も便利で新旧国道が町を南北に、磐越自動車道が東西にはしっている。JR・バス等の発着が頻繁である。
平成8年、4号バイパス西側に大型スーパー店が開店、平成9年には、その反対の東側に大型店が開店した他、大規模な農地統合事業が行われており、町の様相は大きく変わろうとしている。町民は教育に強い関心を持ち、明治の初年より「学村建設」の意気に燃え、学問を大切にし、そこから新しいものを生み出そうとする気風が強かった。伝統を大切にする気質が強い。また、格式を重んじながらも諸団体の活動等、和合的で連絡調整をしながら、PTA諸会合や授業参観への参加も積極的で打てば響く学区である。
